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最高裁判所第二小法廷 昭和28年(あ)857号 決定

農業 丙井三郎(仮名)

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人裾分正重の上告趣意第一点について

上訴審において原判決を破棄し自判する場合においては、その自判する時を標準として少年法五二条を適用すべきや否やを決すべきであるが(昭和二六年(あ)第一二四一号同年八月一七日第二小法廷判決集五巻九号参照)控訴審が控訴を理由ないものとして棄却する場合においては、第一審判決時を基準として被告人に少年法を適用するか否かを決すべきものと解するを相当とする(昭和二六(あ)第三一一一号同二八年一月二七日第三小法廷判決参照)から原判決には所論判例違反並びに法令の適用を誤つた違法はない、論旨引用の判例は少年であるかどうかは犯罪時の年令を標準とすべきであるとの論旨に対し裁判時を標準とすべきであると判示したものであつて本件に適切でない。

よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

昭和二八年(あ)第八五七号

被告人 丙井三郎

弁護人裾分正重の上告趣意

第一点原判決には最高裁判所の判例と相反する判断をした違法がある。

昭和二十四年九月二十九日最高裁判所第一小法廷は「少年法第五十二条の適用を受ける少年であるかどうかは、判決言渡の時の年齢を標準として定める」べきことを判示した。被告人丙井は一件記録に明瞭なる如く昭和七年一月十七日生であつて、原審言渡時には既に少年法に所謂成人に達して居り、前記判例に照せば定期刑を科すべく不定期刑であつてよい筈はないのである。

そもそも少年法が少年を成人と区別して取扱ふ所以のものは少年が未成熟であり、社会に対し充分な適応性なく、抵抗力が弱いといふ点に着目するからであることは勿論であるが更に年齢的にみて矯正教育が最もその効果を期待されるからである。そこには単なる応報の観念によつて最早把握し得ない教育的な合目的々な意図が看取出来るされば少年法が少年として成人より限界づける二十歳といふ年齢の枠は処理時が標準となるべきこと勿論である。

現行刑事訴訟法の控訴審が事後審であり、従つてまた控訴審においては、第一審の裁判言渡後に発生した事実は同法第三百八十三条第一項の場合を除きこれを裁判の資料にすることが出来ないことは同法第三百七十七条乃至第三百八十四条、第三百九十二条、第三百九十三条の規定に照し明白である。之を本件にみるに被告人丙井が第一審判決言渡当時少年であつて、その成人になつた事実は第一審判決言渡後に発生した事実であるから、控訴審が事後審である性格上被告人が、成人になつた事実は控訴審においては、裁判の資料にしてはならないかの如く見ゆる。然し被告人が第一審判決言渡後に成人になつた事実は自然的事実又は社会的事実ではなく、法律によつて作成せられたる事実である。そもそも控訴審の資料となし得ない事実は第一審判決後生じたる自然的事実または社会的事実である。法令により作成せられたる事実(法令にあてはめて評価を経たる事実)は、第一審判決言渡後に生じたる事実といえども控訴審の判決の資料となし得ること既に刑事訴訟法第三百八十三条第二号の明定するところである上にかゝる事実の参酌を認める事は厳格なる事後審の性格に反するかもしれないがそれは正義の要求するところであり、加之本上告趣意書に於て争はんとする年齢の点の如きは刑事手続における訴訟物たる罪となるべき事実即ち対立当事者によつて判断の資料を提出さるべき左様な性質のものではなく、裁判所が職権で以て証拠資料を蒐集し判断すべき事項に属する。したがつてかゝる事実については証拠能力の規定の適用なく、第一審後に生じた事実でも、第二審が事後審たることに名を藉りて判断の資料にしないということは許されない。まして不定期刑が少年に科される根拠が前述の如き合目的的な点にあることを併せ考へるならば原審がその裁判言渡時に既に成人に達している被告人に対して尚その年齢を無視して第一審の不定期刑を維持したことは、全く不当と言ふの外ない。而も少年法第二条の示す年齢限界は手続規定であつて一般法たる刑事訴訟法に対する特別法たるの地位に立つのである。かく観じ来たる時原判決が前示判例の趣旨を沒却したるは勿論更に判決に響影を及すべき法令の違反が存し之を破棄しなければ、著しく正義に反するものと認められるのである。

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